司法書士試験独学一発合格は、不可能です。

受験以前
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司法書士試験独学一発合格は、不可能です。

すみません。いきなり、Web サイトのコンセプトに反し、今まで書いてきた記事と矛盾することを宣言してしまいました。

実際のところこれを本気で言っているのかと訊かれたら、本気です。

万人にとって不可能ではないとしても、大抵の方にとっては不可能です。

不可能とは?

実は、私は不可能という言葉をよく使います。

そして、不可能という言葉がでてくると、ワクワクしてしまいます。特に、他人に、自分のしようとしていることを不可能だと言われると、ものすごくワクワクします。

というのは、不可能は可能にするために在るからです。

初めから可能だと分かっていることに挑戦し、勝利を勝ち取っても私は、それにあまり価値を感じません。

むしろ、不可能だからこそ挑戦する価値があります。

そうです。不可能ならば可能にすれば良いのです。

子供のときに言い放った言葉

子供の頃に、私は友達にこんな言葉を言い放ったことがあります。

我々は不可能に直面している。だが、不可能ならば可能にする。我々の手に無いものは作る。いや、無いからこそ創り出せる!

この言葉は、テレビの影響で出たものです。当時の人気番組に特命リサーチ200Xというものがありましたが、まさに、不可能だとされるプロジェクトを可能にするというエピソードがあり、私はそれに感動したことがあったのです。

子供の頃なので、大したことではないのですが、不可能に直面していたのは間違いありません。友達がそのとき、数人いましたが、全員が不可能だと言いました。

ですが、私は不可能だと聞けば聞くほど冷静になり、不可能なのを前提に、可能にする方法を探し始めてしまうのです。

実際、このとき私の奇策によって、不可能は可能になりましたし、無いものは作りました。

いったい何があったのか、詳しい話はここでは省略しますが、機会があれば、有料記事として自伝的記事を書いて載せたいと思います。

不可能ならば可能にする。

実は、管理人も自分が司法書士試験に挑戦するにあたって、色々な人に不可能だと告げられましたし、自分でも不可能だと思っていました。

しかし、不可能は可能にするために在るとも思っていたのです。

これは子供のころの想い出からくる成功体験に裏付けられていたこともありますが、他の経験も影響しています。

管理人は、不可能と言われていた資格試験に挑戦し、不可能を可能にすることを成し遂げたことがあったのです。

それは基本情報技術者試験です。

私は、高校生の頃に基本情報技術者試験に合格したのですが、高校生の頃と言えば、今よりもずっと基本情報技術者試験の難易度が高く、受験対策の専用の雑誌まであったほどです。

高校生でこの試験に合格するのは、当時は、先生も同級生も誰もが不可能だと言いました。数字で言えば、基本情報技術者試験の高校生の合格率は司法書士試験よりも低いのです。

ですが、在学中に合格してしまいました。

こういう経験があったせいか、不可能だと聞くと、私の場合、大抵は疑ってかかります。というか、この記事の最初に述べたように、不可能は可能にするために在るのでワクワクしてしまいます。

では、どのような場合に不可能は可能になるのでしょうか?

いついかなる状況でも不可能を可能にできるとまでは考えていません。

不可能とされる物事があったとき、それには何かしらの前提条件が付いています。この前提条件は、常識に裏付けられていることが多いのですが、まさにこの状況こそが、不可能を可能にできる場合だと言えます。

常識は壊すためにあります。

常識が客観的に正しいことは実は少ないのです。

むしろ科学の進歩は、常識を実験や観察から破ることでもたらされてきた歴史があります。

私の場合で行くと、司法書士試験は「独学では」不可能だという具合ですが、ここには常識に裏付けられた前提条件が隠れています。それは、「予備校を利用した方が独学よりも圧倒的に有利」という常識です。

私は、まずこの常識と前提条件を疑いました。

私は受験するにあたって、情報収集をしたのですが、その中に、予備校の教材には合格に必要のないものが含まれているという主張があったのです。具体的には答練のことです。

当時は圧倒的に答練が必要と主張する方が多く、特に予備校が公表している合格体験談は軒並み答練が必要だと主張していました。

しかし、一発合格者のブログに答練が不要だと主張しているものがあったのです。そして、一発合格ではありませんが、独学の合格者の意見で、答練を不要だとまでは言わないまでも懐疑的に見ているものがありました。

ここまで意見を主張しないにしても、予備校以外の合格体験談を読むと、答練を受けずに合格したという体験談はそれなりにあったのです。

私はそれで、とある考えに行きついたのですが、司法書士試験が難しく何年もかかってしまう原因のひとつは、予備校から余計な教材(答練)をやらせられて、本来やらなければならない勉強に充てる時間が無くなってしまうからではないかと思ったのです。

合格した今でも、これは正しい面があると思っており、私は、「択一」の答練は不要という考え方をしています。

以上から、それならば、予備校を使わず、答練を受けなければ、最短で合格できるので、1年合格は可能なはずだと考えました。

※とは言え、私は独学にこだわっていたわけではありません。スケジュールの都合上、独学になってしまいましたが、予備校の講座を取れるなら取りたかったですし、その場合、不要と考えていた答練は棄ててしまえば良いとも考えていました。実際のところ、必出3300選の最新版が入手できる択一クイックマスター総整理講座を受講しています。

我々の手に無い物は作る。

「我々の手に無いもの」とはこの場合、前例のことです。

よく、高卒だから中卒だから司法書士試験は無理なんじゃないか、と一歩を踏み出せない人をみかけます。

これは、前例がない(少なくとも非常に少ない。)からです。

独学や一発合格も同様です。

今でこそ、ネット上に司法書士試験に独学合格した体験談は一杯ありますが、私が受験した頃は、1件しかありませんでした。しかもその体験談を書いた方は、補助者経験者であり、自分とは置かれている状況が異なっていました。

つまり、前例がほぼ無いのです。

多くの場合、ここで怖気づいてしまいます。

しかし、私はワクワクしてしまいます。

そうです、前例が無いなら自分で作ればよいのです。

上記の通り、司法書士試験が長期化してしまう最大の原因は、予備校の不要な教材にかまけてしまうからだという持論を確立していたため、多くの人は、これに気付いていないからこそ前例が無いのだと思っていました。ならば、前例がないことは全く問題ではありません。

また、このように考えてしまうのは私の職業も影響しています。私はプログラマの実務経験者ですが、プログラマの仕事というのはプロジェクトと呼ばれ、全く同じものを二度とやることはないと言われています。

プログラミングの仕事の「プロジェクト」には全て、例外なく、前例がなく、それがプロジェクトという言葉の定義でもあります。

無いからこそ創り出せる!

前例が無い方がワクワクしませんか?

作るという言葉を使いましたが、この場合創るという言葉の方が正しいです。

作るというのは既成の技術を使って、誰かがやったことがある物と同じ物を作ることですが、創るというのは、全く新しいものを作ることです。

一般論から言えば、作るよりも創る方が、より生産的で価値の高い行為です。

誰かが成し遂げたことと同じことをやって成し遂げても、個人的には面白いと思えません。誰も成し遂げたことが無いからこそやる価値があります。

そうです、無いからこそ創り出せるんです。

実は、子供の頃に言い放った言葉のうち、この部分は元ネタがあります。

ファイナルファンタジーⅥというゲームに出てくるセリフです。

世界が崩壊し、希望が途絶え、そんな中、一筋の希望を手にした主人公パーティの1人、エドガーというキャラが言った言葉です。

「そう俺達にもまだ夢はある。いや夢を作り出せる!」

このセリフに感動したことがあり、正直、人生で一度は言ってみたいセリフだと思っていました。

※もっとも、この場合、セリフの文脈が少し違いますが、そこは突っ込まないでください。

最後に

司法書士試験ももう直前期ですが、挑戦している方は、自分にできると言い聞かせるのはやめた方が良いと思います。この時期にそんな考えをしても、モチベーションが下がるだけです。

一旦、司法書士試験に合格するのは不可能だと思いましょう。

そして、それを前提として、今から不可能を可能にするのだと思いましょう。

そっちの方がワクワクしてきますよね?

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